会下新田(読み)えげしんでん

日本歴史地名大系 「会下新田」の解説

会下新田
えげしんでん

[現在地名]関町会下

小野おの川の上流左岸にあり、南は関宿に接する。小野村(現亀山市・関町小野)の枝郷であったが、会下村・永明寺えいみようじ村などともよばれ、独自の村役人を置き、独立した村として扱われた。中世後期に僧衆の会下寺として蔵海霊椿(霊珍)が開山した永明寺が、元亀年間(一五七〇―七三)の兵乱で焼失木崎こざき瑞光ずいこう(曹洞宗)が承継した。寺跡は永明寺村として開発され、元禄一三年(一七〇〇)瑞光寺年貢帳(瑞光寺蔵)には永明寺村理右衛門・永明寺村甚右衛門などとみえ、同年の関地蔵堂再興日記(地蔵院蔵)には永明寺村から一四人の人足が参加している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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