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佐々木只三郎 ささき たださぶろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐々木只三郎 ささき-たださぶろう

1833-1868 幕末の武士。
天保(てんぽう)4年生まれ。手代木勝任(てしろぎ-かつとう)の弟。幕府浪士組取締出役となる。文久3年浪士組を尊攘(そんじょう)運動に利用しようとした清川八郎を暗殺。のち京都見廻組頭。慶応3年坂本竜馬の暗殺を指揮したという。鳥羽・伏見の戦いで負傷し,慶応4年1月死去。36歳。江戸出身。名は泰昌。号は高城。

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朝日日本歴史人物事典の解説

佐々木只三郎

没年:明治1.1.12(1868.2.5)
生年:天保4(1833)
幕末維新期の京都見廻組与頭で,清河八郎,坂本竜馬殺害の指揮者といわれる。会津藩(福島県)藩士佐々木源八の3男。名ははじめ泰昌。幕臣佐々木弥太夫の養子になり高城と改名。会津藩士手代木直右衛門は実兄。文久3(1863)年清河ら上洛浪士組の取締並出役。上洛後,清河らと共に帰府。江戸麻布赤羽橋で清河斬殺の指揮をとる。翌元治1(1864)年京都見廻組に転じて再上洛。竜馬殺しの指揮をとったといわれる。明治1(1868)年の鳥羽・伏見の戦で被弾。大坂から和歌山紀三井寺へ後送され,同所にて死去。<参考文献>市居浩一「京都見廻組の概要」(『霊山歴史館紀要』2号)

(釣洋一)

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