…1164年(長寛2)に平氏一門が同社に納めた《平家納経》は当時の面影を今に伝える。厳島神社神主佐伯景弘はまた安芸国内の在地勢力を代表する政治的地位にあり,ついには安芸守となったが,安芸国内の在地領主たちは佐伯景弘を媒介として平氏や中央権門寺社に所領を寄進し,平氏の有力な勢力基盤となった。【坂本 賞三】
【中世】
源平内乱期,平氏と厳島神主佐伯景弘の強い結びつきに対し,他の在地領主層は反発して源氏に味方した者が少なくなかった。…
…安芸の佐伯氏は国造に連なる雄族として古くより厳島神社の祭祀権を担い,律令制下では佐伯郡司に任じられ,代々厳島社神主を世襲するとともに,一族を安芸国衙に分出させる(在庁官人田所氏)など,勢力を築いた。平安末期,平氏の後楯を得てかつてない権勢を振るった厳島社神主佐伯景弘は,同氏を代表する人物であった。承久の乱後,神主の地位は幕府御家人藤原氏にとってかわられるが,その後も一族は社家として存続をみた。…
※「佐伯景弘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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