佐屋御殿跡(読み)さやごてんあと

日本歴史地名大系 「佐屋御殿跡」の解説

佐屋御殿跡
さやごてんあと

[現在地名]佐屋町佐屋 本町

佐屋路が宿駅として公許され、高級宿舎が必要となったが、元文三年(一七三八)「佐屋宿根元由来」(山田英三家蔵)

<資料は省略されています>

とあり、嘉永元年(一八四八)の尾州并岐阜御殿等当時存亡吟味留(徳川林政史蔵)には、徳川家光や代々藩主の来遊が報告されている。御殿の構築について将軍家から尾張家への書面には「御殿之御差図此跡大工若狭仕上セ申候。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む