佐川野村(読み)さがわのむら

日本歴史地名大系 「佐川野村」の解説

佐川野村
さがわのむら

[現在地名]野木町佐川野

若林わかはやし村の東、おもい川下流左岸の宇都宮西台地に位置し、宮戸みやと川によって形成された谷底平野に囲まれる。中世には小山おやま庄に含まれた。天文五年(一五三六)と推定される一一月二七日の小山高朝伊勢役銭算用状写(佐八文書)に上郷分として「さかハの」とみえ、伊勢役銭一貫四七五文を負担している。同二三年足利義氏は「早河野」などを野田左衛門大夫に与えている(同年一二月二四日「足利義氏充行状」野田家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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