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佐野城 さのじょう

日本の城がわかる事典の解説

さのじょう【佐野城】

栃木県佐野市にあった平山城(ひらやまじろ)。関ヶ原の戦いの後に佐野藩主となった佐野信吉が、それまで佐野氏が本城としてきた唐沢山城の麓に1602年(慶長7)に築城を開始した新城である。信吉は同城の完成を待たずに佐野城に移り、戦国時代に名城とうたわれた唐沢山城は廃城となった。この新城の築城は、山城では領内の統治が難しいと判断されたというものや、江戸に近い場所に堅固な山城が残っていることを嫌った家康が信吉に唐沢山城の廃城を命じたことによるなど、さまざまな説、推測がある。佐野城が完成して間もない1614年(慶長19)、信吉は大久保長安(忠隣(ただちか))事件に連座して改易となり、その身柄は信州松本藩の預かりとなった。これに伴って佐野城は廃城となった。城跡はJR佐野駅北側の南北に細長く延びた独立丘にあり、現在は城山公園となっている。園内には曲輪(くるわ)、堀切、土塁、空堀などの遺構が残っている。また、城門が市内に移築され現存する。周囲を取り巻いていた総堀は、市街化により埋め立てられ、ほとんど残っていない。JR両毛線佐野駅、または東武鉄道佐野線佐野駅から徒歩約5分。◇春日城、春日岡城とも呼ばれる

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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