佐野宗綱(読み)さの むねつな

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐野宗綱 さの-むねつな

1560-1585 織豊時代の武将。
永禄(えいろく)3年生まれ。佐野昌綱の子。下野(しもつけ)(栃木県)佐野の唐沢山城主。天正(てんしょう)12年12月30日上野(こうずけ)館林城主長尾顕長に所領の彦間城をとられたことをいきどおり,13年1月1日単独で彦間城にむかい矢にあたって死んだ。26歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典内の佐野宗綱の言及

【下野国】より

…那須氏が興廃の淵に立たされたとき,秀吉の陣営にいち早く伺候して参陣を誓約していたのは,上那須衆を代表する大田原城主大田原綱清の嫡子晴清,黒羽城主大関高増であった。また秀吉の陣営に参陣して所領安堵された勢力では,秀吉らの支援で唐沢山城を前城主佐野宗綱の弟了伯が後北条氏から回復しており,さらに宇都宮国綱が,佐竹義宣を後見として生き延びていた。 以上が秀吉の小田原征伐をめぐる激しい興亡の動きであるが,わずかに残ったのは宇都宮,皆川,佐野の3氏と那須衆のみであった。…

※「佐野宗綱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

関連語をあわせて調べる

今日のキーワード

いざなぎ景気

1965(昭和40)年11月から70(昭和45)年7月にかけて57カ月続いた戦後最長の消費主導型景気拡大局面のこと。名目成長率は毎年2桁で推移した。これに先立つ1955~56年の「神武景気」や58年~...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android