日本歴史地名大系 「余瀬村」の解説
余瀬村
よぜむら
[現在地名]黒羽町余瀬
南東へ流れる
天正一八年(一五九〇)大関氏が豊臣秀吉から安堵された所領のうちに「余瀬」があり、「道場・光明寺」とともで一二六石七升(「黒羽藩領知高書上」宇都宮大学附属図書館蔵)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
南東へ流れる
天正一八年(一五九〇)大関氏が豊臣秀吉から安堵された所領のうちに「余瀬」があり、「道場・光明寺」とともで一二六石七升(「黒羽藩領知高書上」宇都宮大学附属図書館蔵)。
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