余部下村(読み)あまるべしもむら

日本歴史地名大系 「余部下村」の解説

余部下村
あまるべしもむら

[現在地名]舞鶴市字余部下

舞鶴湾(東湾)西岸、海に面した農漁村である。

古代は「和名抄」に記す余戸あまるべ郷、中世余部里あまるべのさと庄として推移した。近世に入り慶長検地郷村帳に高三六〇・一石「余部下村」とみえる。江戸後期の土目録でもほぼ同高で、内訳は田方三四二石余、畑方一七石余であった。同書に記す当村の諸運上の一に栗五〇(単位不明)がある。延享三年(一七四六)の郡中高究付覚による農家戸数は三二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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