作手郷(読み)つくでごう

日本歴史地名大系 「作手郷」の解説

作手郷
つくでごう

現作手村の地域は、古来作手郷とよばれた。この呼称は中世に起因すると思われるが明らかでない。善福寺縁起(善福寺蔵)によれば、天長元年(八二四)真済が来寺し、聖徳太子作の神像を補修した時に欠逸した手を作ったことから「作手」の名が起こったというが、後世の仮託である。「浪合記」「信濃宮伝」に「作手ノ正行寺」「作手ニ住シ奥平監物トゾ称シケル」などとあって、中世後期には作手の呼称は一般化していたようである。白鳥川合しろとりかわいの八幡神社の天文五年(一五三六)銘棟札に「三州設楽郡作手郷本地河合村」とあり、そのほか当地方の近世の棟札・金石文に多く「設楽郡作手郷」「富永庄作手郷」などと記されており、時には筑手郷の字も使用されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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