保渡田村(読み)ほどたむら

日本歴史地名大系 「保渡田村」の解説

保渡田村
ほどたむら

[現在地名]群馬町保渡田

井出(いで)村の北にあり、北は生原(おいばら)村(現箕郷町)。中央やや東寄りに伊香保(いかほ)道が走り、南部を三国街道金古(かねこ)宿からの板鼻(いたはな)道が西に向かう。中央部を東谷(ひがしやつ)川・大清水(おおしみず)川・西谷川が南流し、村の南部で井野(いの)川に合流する。戦国時代には当地一帯も戦乱の場となった。長尾景春と太田道灌の戦闘に際しては、太田道灌状(島原市教育委員会蔵)に文明九年(一四七七)一二月二七日のこととして「保戸田」がみえる。村域中央部、東谷川と大清水川に挟まれた地域に、西北方一里足らずの位置にあった箕輪(みのわ)城(現箕郷町)の出城保渡田城跡がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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