保科正貞(読み)ほしな まささだ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

保科正貞 ほしな-まささだ

1588-1661 江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)16年5月21日生まれ。保科正直の3男。母は徳川家康の妹。信濃(しなの)(長野県)高遠藩主の兄正光の養子となり,大坂夏の陣に出陣。元和(げんな)8年高遠をさり,松平定勝のもとに寄食。のち幕府につかえ,寛永14年保科宗家をつぐ。慶安元年大坂定番となり,上総(かずさ)(千葉県)飯野藩主保科家初代となった。1万7000石。寛文元年11月1日死去。74歳。

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367日誕生日大事典の解説

保科正貞 (ほしなまささだ)

生年月日:1588年5月21日
江戸時代前期の大名
1661年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内の保科正貞の言及

【保科氏】より

…信濃の豪族。平安末期諏訪氏の一族が高井郡保科(現,長野市若穂町)によったことにはじまる。1181年(養和1)の横田河原の合戦に木曾義仲軍井上光盛の手勢として保科党がみえる。また保科太郎は源頼朝の家人となった。一族は15世紀はじめに伊那高遠へ移った。その後裔正則は高遠城により,正俊,正直の2代は武田氏に属し勇名をはせた。正直は武田氏滅亡後徳川氏に仕え,1590年(天正18)徳川氏の関東移封にともない下総多胡1万石の領主となった。…

※「保科正貞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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