保科武子(読み)ホシナ タケコ

20世紀日本人名事典 「保科武子」の解説

保科 武子
ホシナ タケコ

昭和期の女官 宮内庁女官長。



生年
明治23(1890)年3月28日

没年
昭和52(1977)年3月18日

学歴〔年〕
学習院女学部卒

経歴
北白川宮能久親王の三女に生まれ、和歌を尾上柴舟に学ぶ。のち貴族院議員の保科正昭と結婚。昭和13〜42年宮内庁侍従職女官長として昭和天皇の良子皇后(香淳皇后)に仕えた。この間、34年皇太子妃となる正田美智子に宮中儀礼を講義した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「保科武子」の解説

保科武子 ほしな-たけこ

1890-1977 昭和時代の女官。
明治23年3月28日生まれ。能久(よしひさ)親王の3女。母は伊達宗徳(むねえ)の次女。保科正昭の妻。昭和13年から42年まで宮内庁侍従職女官長として,昭和天皇の良子(ながこ)皇后(香淳皇后)につかえる。その間皇太子妃となる正田美智子に宮中儀礼の講義もした。昭和52年3月18日死去。86歳。学習院女学部卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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