修学院村(読み)しゆがくいんむら

日本歴史地名大系 「修学院村」の解説

修学院村
しゆがくいんむら

[現在地名]左京区修学院(しゆうがくいん)〈安養坊(あんようぼう)・石掛(いしかけ)町・泉殿(いずみどの)町・犬塚(いぬづか)町・牛(うし)ヶ額(ひたい)・梅谷(うめたに)・大林(おおばやし)町・沖殿(おきどの)町・音羽谷(おとわだに)・開根坊(かいこんぼう)町・貝原(かいばら)町・桂谷(かつらだに)・月輪寺(がつりんじ)町・鹿(か)ノ下(した)町・烏丸(からすま)町・川尻(かわじり)町・北沮沢(きたふけ)町・後安堂(ごあんどう)・尺羅(しやくら)ヶ谷四明ヶ嶽(たにしめヶだけ)・十権寺(じゆうごんじ)町・守禅庵(しゆぜんあん)・水上田(すいじようでん)町・杉谷(すぎたに)・赤山(せきざん)・千万田(せんまんだ)町・大道(だいどう)町・高岸(たかぎし)町・高部(たかべ)町・段(だん)ノ尾(お)・茶屋(ちやや)ノ前(まえ)町・辻(つじ)ノ田(だ)町・坪江(つぼえ)町・寺谷(てらだに)・中新開(なかしんかい)・中林(なかばやし)町・西沮沢(にしふけ)町・登り内(のぼりうち)町・狭間(はざま)町・馬場脇(ばばわき)町・林(はやし)ノ脇(わき)・桧峠(ひのきとうげ)町・淵(ふち)ヶ谷(たに)・仏者(ぶつしや)町・松本(まつもと)町・丸子青良(まるこあおら)ヶ谷(たに)・水川原(みずかわら)町・南代(みなみしろ)・宮(みや)ノ前(まえ)・宮(みや)ノ脇(わき)町・室町(むろまち)・薬師堂(やくしどう)町・藪添(やぶぞえ)・山神(やまかみ)町・山添(やまぞえ)町・山(やま)ノ鼻(はな)町・横山(よこやま)〉と山端(やまばな)の各町(→山端)

一乗寺(いちじようじ)村の北、高野(たかの)村の南に位置し、東に比叡山を負い、西は高野川に面する。村名はかつてこの地にあった叡山三千坊の一つ修学院(修学寺)に由来する。

修学院は叡山の勝算僧正を開基とし、佐伯公行が建立、永延年間(九八七―九八九)一条天皇により官寺となっている(元亨釈書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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