倉沢館跡(読み)くらさわたてあと

日本歴史地名大系 「倉沢館跡」の解説

倉沢館跡
くらさわたてあと

[現在地名]東和町倉沢

毒沢どくさわ川上流の立石たていし山の頂部にあった山城福蔵ふくぞう寺に隣接する。江刺郡野手崎のでさき(現江刺市)へ通じる要路を眼下におさめる。山頂部の地形に即して平坦地を形成し、斜面にも数段の郭を設けている。正面と側面に門跡がある。丘陵の基部は三重の堀で切断されている。福蔵寺谷に家臣屋敷とみられる階段が続き、長い土堤の続きも稜線中に残っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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