倉益新田(読み)くらますしんでん

日本歴史地名大系 「倉益新田」の解説

倉益新田
くらますしんでん

[現在地名]岡山市倉益

倉富(くらとみ)新田の東にあり、岡山藩が延宝七年(一六七九)に開発した三新田のうちの最東部にあたる。「備前記」によると平場の集落で、朱印高のほかと注記され、高一千一九二石余、東・南は沖新田と古堤をもって境をなしていた。「備陽記」では田畑八〇町一反余、家数四三・人数二六一、高瀬船一。文化年間の「岡山藩領手鑑」によると大庄屋沖新田西手藤原佐太郎組合に属し、高一千一八七石余・二口高一千一九二石余、物成四二四石余、家数九三・人数四五八(うち医者一)、牛三七、育麦六一俵余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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