倉野村(読み)くらのむら

日本歴史地名大系 「倉野村」の解説

倉野村
くらのむら

[現在地名]樋脇町倉野

樋脇郷の北西部、川内せんだい川中流域の左岸南方に位置する小村。南は塔之原とうのはら村、東は山崎やまさき郷山崎村(現宮之城町)入来いりき副田そえだ(現入来町)、西は久住くじゆう(現川内市)、北は川内川を境に上流から山崎郷二渡ふたわたり(現宮之城町)とう南瀬のうぜ(現東郷町)。中世は入来院のうち。建長二年(一二五〇)一二月日の入来院内村々田地年貢等注文(入来院文書)に「くらのの村」とみえる。文禄検地後、当地は島津氏直轄領になったとみられる。慶長一八年(一六一三)入来院重高が復封し、同氏領となったが、万治二年(一六五九)鹿児島藩直轄領の清敷きよしき郷が新設され同郷のうちとなった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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