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入来 いりき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

入来
いりき

鹿児島県北西部,薩摩川内市東部の旧町域。川内平野の南東部に位置する。 1948年町制。 2004年川内市,樋脇町,東郷町,祁答院町,村,上甑村,下甑村,鹿島村と合体して薩摩川内市となった。古代後期,入来院 (→ ) として藤原氏の支配下にあったが,鎌倉時代半ばから関東御家人,相模の渋谷氏が地頭となり,江戸時代も島津氏の外様として統治した (→入来文書 ) 。南部に八重山丘陵 (677m) があり,北部は藺牟田池に臨む。主産業は農業で,主産物は米,野菜,ミカン。竹林も多くタケノコ,竹細工を産する。 1961年八重山牧場が開設され乳牛を飼育。入来温泉,諏訪温泉など温泉に恵まれた保養地

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デジタル大辞泉の解説

じゅ‐らい【入来】

[名](スル)他人が来訪することを敬っていう語。おいで。来駕(らいが)。光来。にゅうらい。
「よくこそ御―下されたれ」〈露伴・新浦島〉

にゅう‐らい〔ニフ‐〕【入来】

[名](スル)はいってくること。多く「御入来」の形で他人の来訪を敬っていう語。じゅらい。「ようこそ御入来くださいました」

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大辞林 第三版の解説

じゅらい【入来】

( 名 ) スル
他人を敬ってその来訪をいう語。来駕。光来。 「復たの-を祈られて/油地獄 緑雨

にゅうらい【入来】

( 名 ) スル
訪ねてはいってくること。来訪。多く「御入来」の形で他人の来訪を敬って用いる。じゅらい。 「ようこその御-」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

入来
いりき

鹿児島県北西部、薩摩(さつま)郡にあった旧町名(入来町(ちょう))。現在は薩摩川内(せんだい)市の南東部を占める一地区。1948年(昭和23)町制施行。2004年(平成16)川内市、樋脇(ひわき)町、東郷(とうごう)町、祁答院(けどういん)町、里(さと)村、上甑(かみこしき)村、下甑(しもこしき)村、鹿島(かしま)村と合併、薩摩川内市となる。旧町域は、川内川支流の入来川流域にあり、東に藺牟田(いむた)池、南に八重山(やえやま)の火山がある。旧国鉄宮之城(みやのじょう)線はバスに転換。国道328号が通じる。名称は律令(りつりょう)時代の倉院の名が地名化したもの。中世、地頭職となった渋谷氏が清色(きよしき)城を本拠に勢力をもち、入来院氏と称した。その後、島津氏に屈服したが、所領は安堵(あんど)され明治維新に至った。エール大学教授の歴史学者朝河貫一(あさかわかんいち)の発掘した著名な「入来院文書」は、入来院氏の残したもので、封建制研究の基礎史料として貴重である。基幹産業は農業で、米、茶、ミカンなどを生産し、キンカンは特産。ブロイラー、肉牛などの畜産も盛んである。八重山山麓(さんろく)には鹿児島大学農学部付属入来牧場があり、ウシが大規模放牧される。また、同牧場内には国立天文台の電波望遠鏡が設置されており、共同研究も行われている。清色城跡は、国の史跡。入来麓(ふもと)重要伝統的建造物群保存地区は、中世から近世の武家屋敷町の景観を残している。入来温泉と諏訪(すわ)温泉がある。[平岡昭利]
『『入来町誌』上下(1964、1978・入来町)』

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