先ノ郷村(読み)さきのごうむら

日本歴史地名大系 「先ノ郷村」の解説

先ノ郷村
さきのごうむら

[現在地名]津名町木曾下きそしも

檜原下きそのはらしも村の南西にある山地小村。天正一四年(一五八六)の羽柴秀吉知行方目録にみえる「あん養寺」は、当村に安養あんよう(現高野山真言宗)があることから当地一帯をさすとみられ、四五石九斗が脇坂安治領となっていた。寛永四年(一六二七)の檜曾原之内先之郷村検地帳(津名町史)が残り、高三一石余(田二七石余・畑三石余)・反別三町六反余(田二町九反余・畑六反余)であった。正保国絵図には先之郷村とみえ、高三八石余。天保郷帳では先ノ郷で高四一石余。王子組に属し、反別戸数取調書では反別四町四反余、高四七石余、うち蔵入高三五石余、一二石余が津田叶の給知。家数一〇・人数四四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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