光明院跡
こうみよういんあと
[現在地名]日光市山内
山内のほぼ中央に位置し、現在の表参道の東側、輪王寺紫雲閣から三仏堂(現二荒山神社社務所の地)辺りにあったとされ、東照宮仮殿辺りとも伝える。
四本龍寺退転後、鎌倉幕府の帰依を受けた日光山二三代座主弁覚(常陸国大方氏出身)によって荒廃していた堂塔が復興され、延応二年(一二四〇)には新たに本院が建てられ、宣旨により光明院と名付けられた(日光山常行三昧堂新造大過去帳)。本尊は阿弥陀三尊、不動明王・毘沙門天。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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