座禅院跡(読み)ざぜんいんあと

日本歴史地名大系 「座禅院跡」の解説

座禅院跡
ざぜんいんあと

[現在地名]日光市山内

日光山三六坊の一つで、勝道の高弟昌禅を開祖とする坊。院主は歴代昌の字を通字とし、小山氏・宇都宮氏・壬生氏などの出身者を付弟とした。光明こうみよう院に代わって一五世紀初頭から日光山本坊となり、代々の貫主は当院に入って御留守権別当と称した。応永三三年(一四二六)一一月一一日の滝尾たきのお権現の宝殿上葺の棟札には「当山別当法印持玄、御留守座禅院昌継」とある。長禄三年(一四五九)に日光山本宮に施入された梵鐘の銘に「当将軍源朝臣成氏公 御留守権大僧都法印座禅院昌継」とあり、浄光じようこう寺境内の五輪塔の水輪と地輪にはそれぞれ「奉逆修 御留守法印昌継 文安二年乙丑六月十四日」「入滅 昌継八十九歳長禄五辛巳七月十一日」と刻されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む