光江(読み)みつえ

日本歴史地名大系 「光江」の解説

光江
みつえ

[現在地名]諫早市旭町あさひまち

諫早市中の中央部東寄りに位置し、本明ほんみよう川河口に光江津がある。対岸新中川良しんなかがわら唐津からづ仲沖なかおきなどがある。上げ潮入船、下げ潮出船の湊で、肥前佐賀藩領内の交通の要所として津方別当の管轄下にあった。宝暦二年(一七五二)の佐賀領郷村帳に「光江町」が記される。天保一〇年(一八三九)以前の諫早旧城下図(「諫早市史」所載)では河口部の光江が記され、島原街道筋で制札所が置かれ、西手に中川良・しも町が続いている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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