入尾城跡(読み)いりおじようあと

日本歴史地名大系 「入尾城跡」の解説

入尾城跡
いりおじようあと

[現在地名]瀬戸市鹿乗町

東からの庄内川が北に湾曲して西流し、そこへ南から水野(みずの)川が落ちて崎状になり、東南には大平(おおひら)山の山裾が迫り、西南には東谷(とうごく)山がそびえる天然の要害にある。人見邑の記(雑志)には、平景貞が初めてここに居したとある。景貞は応永末年から永享(一四二九―四一)頃の写の水野家系図(水野家蔵)によれば、水野高家の祖父で一二世紀初め頃の人である。「尾張志」には「上水野むら感応寺に古き位牌ありて、義雲院仁峯宗智居士覚位としるし、うらに応永十九壬辰歳十二月廿八日尾州入尾城主水野備中守平致高と見えたり」と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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