入間野村(読み)いりまのむら

日本歴史地名大系 「入間野村」の解説

入間野村
いりまのむら

[現在地名]柴田槻木つきのき

海老穴えびあな村の南東にあり、東辺の郡境を北流する阿武隈川に、南辺を東流する白石しろいし川が合流。西は舟迫ふなばさま村、南は下名生しものみよう村、東は伊具いぐ鳩原はとばら(現角田市)白石川から阿武隈川にかけての左岸沿いを奥州街道が通り、槻木宿が置かれた。「伊達正統世次考」によれば天文一三年(一五四四)一月二四日、一五代晴宗は入間野など五ヵ所を舟岡ふなおかの四保宗義に与えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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