槻木宿(読み)つきのきしゆく

日本歴史地名大系 「槻木宿」の解説

槻木宿
つきのきしゆく

[現在地名]柴田町槻木

入間野(いりまの)村内にある奥州街道の宿駅で、南西の舟迫(ふなばさま)宿より一里一〇町余、北東の岩沼宿まで一里二五町余。同街道の下(しも)町で東方へ向かう道が分岐し、弓崎(ゆみがさき)渡で阿武隈川を渡り亘理(わたり)郡荒浜(あらはま)(現亘理町)へ通じた。また宿の南方白幡(しらはた)で分れ、阿武隈川沿いに南下し、角田(かくだ)から伊達(だて)郡梁川(やながわ)(現福島県伊達郡梁川町)へ通じる道があった。同道は白幡渡で阿武隈川支流の白石(しろいし)川を越えた。角田宿まで三里一五町。「封内風土記」には「有市店」とみえ、市としても賑い、槻木町ともよばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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