改訂新版 世界大百科事典 「入鹿」の意味・わかりやすい解説
入鹿 (いるか)
幸若舞曲の曲名。別名《鎌足》《入鹿大臣》。作者,成立年次不詳。上演記録の初出は1581年(天正9)(《家忠日記》)。藤原鎌足による蘇我入鹿退治の物語で,舞曲《大織冠(たいしよかん)》とともに奈良春日神社,興福寺の縁起譚(えんぎたん)をなす。本曲では鎌足の出生地を常陸国鹿島とし,名の由来を幼時に狐の与えた鎌にちなむとし,その鎌で入鹿の首を打ち落としたとする。これらの点は,中世の聖徳太子伝の末尾や,《春夜神記》《旅宿問答》などにみえ,鹿島神が吒枳尼(だきに)天=狐となって鎌足に秘儀をほどこし,天子の師範となったとする,中世神道の即位法(摂籙(せつろく)縁起とも)との交渉が考えられる。本曲の約3分の1を占める舞楽還城楽(げんじようらく)などの起源説話は,別に御伽草子《還城楽物語》としても伝存し,この点から,興福寺の楽人集団や声聞師(しようもんし)が本曲の成立に関係したのではないかと推測されている。本曲は近世の浄瑠璃などの素材ともされ,その代表作に近松の《大職冠》がある。
執筆者:山本 吉左右
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報