デジタル大辞泉 「舞曲」の意味・読み・例文・類語
ぶ‐きょく【舞曲】
2 舞踏のための楽曲。また、その形式をふまえた楽曲。
本来は舞踊のための伴奏音楽をいうが、舞踊を離れて、純粋に音楽のみを鑑賞するためにつくられたものも含まれる。舞曲には、手拍子や足踏みなど人間の身体を使用するものや、声楽だけによるもの、声楽と器楽を併用したり組み合わせるもの、器楽だけによるものなど多様な形態がある。なお「舞曲」を西洋音楽に限定していう場合もあるが、ここでは近年、世界的に影響を与えているラテンアメリカのものを含めて概観する。
[田井竜一]
中世以来、さまざまな舞曲が現れたが、民間で行われている舞曲が宮廷にも取り入れられ、さらにそれがふたたび民間でもてはやされるといった一種の循環作用があるのが、ヨーロッパの舞曲の一般的な特徴である。とくに16世紀は「舞踊の世紀」とよばれ、アルマンドallemande(中庸の4/4拍子)、クーラントcourante(速い三拍子)、パバーヌpavane(ゆっくりとした二拍子)、ガリアルダgagliarda(快活な三拍子)など、数多くの舞曲が登場した。また、遅い舞曲と速い舞曲が一対の組として(たとえばアルマンドとクーラント)演奏されることも多かった。また17世紀になると、いくつかの舞曲を組み合わせる舞踊組曲(たとえばアルマンド―クーラント―サラバンドsarabande―ジーグgigue)が現れた。有名なJ・S・バッハの『管弦楽組曲』もこの形式によっている。さらにこのころ、ブレbourrée(速い二拍子)、ガボットgavotte(中庸の二拍子)、メヌエットmenuet(ゆっくりとした3/4拍子)などフランス系の舞曲が流行した。とくにメヌエットはその後、弦楽四重奏曲や交響曲などにも取り入れられるようになった。また以上あげた舞曲は、民族舞曲として今日でも各地で伝承されており、イギリス・スコットランド地方のジグーgigg、フランス・ラングドック地方のブレやブルターニュ地方のガボットなどが有名である。
19世紀になると、中庸の3/4拍子であるワルツwaltz(その代表がウィンナ・ワルツである)が一世を風靡(ふうび)したほか、西ヨーロッパ以外の地域の舞曲が流行した。たとえばポーランドのマズルカmazurek(マズル地方の三拍子系の舞曲の総称で、ゆっくりとしたクヤウィアクkujawiakや急速なオベレクoberekなどが含まれる)やポロネーズpolonaise(穏やかな3/4拍子)、チェコ・ボヘミア地方のポルカpolka(速い二拍子)などがその代表的な例である。20世紀に入ると、アメリカ合衆国の黒人系音楽の舞曲や、ラテンアメリカの舞曲が脚光を浴びるようになった。
[田井竜一]
ラテンアメリカ音楽において舞曲はきわめて重要な位置を占め、とくに20世紀に入ってからはマス・メディアの発達に伴って世界的に影響を与えているものも多い。各地域の代表的な舞曲をあげると、メキシコのソンsonは6/8拍子の舞曲の総称で、各地方に特色のあるソンがある。とくにウアステカ地方のウアパンゴhuapango、ベラクルス地方のソン・ハローチョson jarochoが有名である。キューバは近年多くの舞曲ないしはリズムを生み出しており、それらは世界的に流行している。その代表的な例はボレロbolero、ハバネラhabanera、ルンバr(h)umba、チャチャチャcha cha chá、マンボmambo(いずれも2/4拍子系)である。ブラジルにおいては、カーニバルの仮装パレードの舞曲であるサンバsambaが世界的に有名である。ペルーには、インディオ固有の舞曲といわれる二拍子系のウアイノhuainoや、リマを中心とする6/8拍子の舞曲サマクエッカzamacuecaがある。また近年は、シンコペーションの多い独特のワルツであるバルスペルアーノvals peruanoが流行している。アルゼンチンには有名なタンゴtangoのほか、チャカレラchacareraやサンバzamba(ともに6/8拍子)など多数の舞曲がある。
[田井竜一]
舞踏のための音楽,あるいはそのリズムや形式を借用するが,踊ることを目的としない純粋な音楽作品。いずれの場合にしろ,舞曲は舞踏と密接にかかわっているので,一般的には舞踏の特徴を表す個性的な拍子,リズム,テンポ,さらには明白な楽節および楽曲構造をもつ。
舞踏の存在が太古にまでさかのぼれるように,舞曲の歴史も長く,また諸民族がそれぞれ独自の舞踏をもっているので楽曲も多様であるが,ヨーロッパにおいて舞曲が具体的に楽曲として残っているのは13世紀以降である。キリスト教権の強かった中世では,舞踏は異教的なもの,非宗教的なものとして,その音楽も記譜されることがなかったからである。しかし,トルバドゥールたちの出現とともに,一定の形式をもつ輪舞形態のエスタンピーやキャロルが誕生し,歌われたり楽器で奏されたりし始めた。やがて舞踏が宮廷生活に不可欠なものとなると,舞曲も目ざましい発展を遂げる。〈舞曲の世紀〉ともいわれる16世紀には,低い滑るような足の運びのバス・ダンス,パバーヌ,五つのステップを基本とするガイヤルド,踊手が輪になって足を横へ横へと運んで回っていくブランル,パバーヌに似て軽快な2拍子のパッサメッゾ,3拍子系の陽気で急速なサルタレロといった舞踏が生まれ多数の舞曲が作曲されたが,早くも16世紀末には踊ることを離れ,高度に様式化された純器楽曲としての舞曲も存在した。また,ステップを克明に記した舞踏譜も出版された。17世紀に入ると,性格の異なる舞曲を連ねて組形式とする前世紀からの習慣が発展し,新たに組曲が誕生した。その際,上記の舞曲に代わって緩やかな偶数拍子系のアルマンド,速い3拍子で軽快なテンポのクーラント,サラバンド,ジーグ,さらにはブーレ,ガボット,メヌエットといった宮廷舞曲が組み合わせられた。J.S.バッハの《フランス組曲》や《管弦楽組曲》がその好例である。古典派の時代に入ると,メヌエットは実際に踊られるだけではなく,純器楽曲として交響曲や弦楽四重奏曲やソナタの中に挿入され,重視されるようになったが,他の宮廷舞曲は急速に衰微していった。18世紀末,ウィーンを中心にワルツ,ワルツより遅いレントラーや2拍子系で比較的速いエコセーズが流行する。なかでもワルツが一世を風靡し,以来J.シュトラウス父子の時代まで全盛を誇るが,ワルツは庶民の間まで深く浸透していた。19世紀には,ポーランドのマズルカやポロネーズなどが導入され,いっそう多彩になるとともに,国民楽派の台頭につれて民族色豊かな舞曲も作曲されるようになった。ハンガリーのチャルダーシュ(リストの《ハンガリー狂詩曲第2番》),スペインのボレロ(J.M.ラベル)やマラゲーニャ(シャブリエの《スペイン狂詩曲》)などである。20世紀の舞曲は,アメリカ大陸のラグタイム,ジャズ,あるいはタンゴやサンバなどに負うところが多い。いずれも強烈なリズムを特徴としている。とりわけジャズのイディオムはラベルらにも採り入れられ,現代音楽におけるその影響には計り知れないものがある。
執筆者:高野 紀子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…日本の中世芸能の一種。幸若舞曲(こうわかぶきよく),舞曲(ぶきよく)ともいう。曲舞(くせまい)の一流派であったので,幸若舞を曲舞ということもあり,舞,舞々(まいまい)という場合もある。…
※「舞曲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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