幸若舞の曲名。作者不明。上演記録の初出は1553年(天文22)(《言継卿記》)。大織冠藤原鎌足は娘の紅白女(こうはくによ)を唐の太宗に嫁がせる。太宗はその返礼に万戸将軍を使者として釈迦の霊物を納めた玉をはじめ多くの宝物を鎌足に贈る。途中,修羅をかたらってこの玉を奪おうとした竜王は万戸に退けられ,計略を用いて竜女〈こひさい女〉を万戸の船に忍び込ませる。色香に迷った万戸は竜女に気を許し房前(ふささき)の浦の沖で玉を盗まれる。これを聞いた鎌足は身をやつして房前の浦に下り,海女(あま)と契って子をもうけ,素性をあかして海女に玉を取り返すことを頼む。海女は竜宮に忍び入り首尾よく玉を盗むが,小竜に見つかって食い殺される。その死骸を引き上げると玉は乳房を切り裂いて隠してあった。玉は興福寺の本尊の眉間に納められ,子は大臣藤原房前となった。これは海女が身を捨てて海中の玉を取る話だが,《日本書紀》允恭紀にあるように古い神話的原型に由来する。これが仏教伝来説話に結びつくと《今昔物語集》巻十一などに見える元興寺縁起の眉間の玉将来の説話が生じ,中世には興福寺縁起として成立した。能の《海士(あま)》と同材であるが,能が主として讃岐国志度寺縁起の絵解きの台本によるのに対し,幸若舞は《大鏡底容鈔》や《春日秘記》などにうかがわれるような中世南都に流布した興福寺,春日社の民衆的な縁起の唱導にもとづく。興福寺,春日社の縁起では藤原不比等の物語となっているが,幸若舞では姉妹作《入鹿(いるか)》が鎌足の出生譚を扱うのを受けて,本作も鎌足の物語として統一され,万戸と修羅の合戦や万戸と〈こひさい女〉との問答など本筋の物語に芸能上の趣向を加えて物語をふくらませている。後に,井上播磨掾の《大職冠知略玉取》や近松門左衛門の《大職冠》などに影響を与えた。
執筆者:阿部 泰郎
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「たいしきかん」とも読む。冠位十三階制、十九階制、二十六階制の最高階で、647年(大化3)から685年(天武天皇14)まで存続。織冠は綴錦(つづれにしき)の冠とされ、服色は深紫。この冠は容易には授けられない高貴なもので、授けられた例は藤原(中臣(なかとみ))鎌足(かまたり)のみである。669年(天智天皇8)鎌足は死去の前日、天智(てんじ)天皇から大織冠と大臣(おおおみ)を授けられ、藤原姓を賜ったといわれる。だから8世紀に成った鎌足の伝記を『大織冠伝』ともいう。
[押部佳周]
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647年(大化3)の冠位制で十三階の最高位の冠位。649年と664年(天智3)の改訂でも同じく最高位とされ,685年(天武14)正位(しょうい)を最高位とするまで続いた。ただし669年中臣(なかとみ)(藤原)鎌足(かまたり)が死の直前に与えられたのが唯一の例で,鎌足個人をさす語ともなった。
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…幼名は仲郎とも伝えられるから,早世した兄がいたのであろう。早くから儒教の古典や兵法に親しみ,青年時代には《日本書紀》によれば南淵請安(みなぶちのしようあん),《大織冠伝(たいしよくかんでん)》によれば僧旻(みん)ら,唐からの帰国者について学び,官途にはつかなかった。飛鳥寺の蹴鞠の会で脱げた皮鞋(かわぐつ)を捧げ,中大兄(なかのおおえ)(後の天智天皇)と親しくなった逸話は有名。…
…歌舞伎狂言では《天満宮菜種御供(てんまんぐうなたねのごくう)》など。とくに,《妹背山》のように蘇我氏と藤原氏の抗争が基底となっている作品の系列を〈大織冠〉と呼ぶ。【藤田 洋】。…
…幼名は仲郎とも伝えられるから,早世した兄がいたのであろう。早くから儒教の古典や兵法に親しみ,青年時代には《日本書紀》によれば南淵請安(みなぶちのしようあん),《大織冠伝(たいしよくかんでん)》によれば僧旻(みん)ら,唐からの帰国者について学び,官途にはつかなかった。飛鳥寺の蹴鞠の会で脱げた皮鞋(かわぐつ)を捧げ,中大兄(なかのおおえ)(後の天智天皇)と親しくなった逸話は有名。…
※「大織冠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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