八丁畷(読み)はつちようなわて

日本歴史地名大系 「八丁畷」の解説

八丁畷
はつちようなわて

熱田の裁断さいだん橋と山崎やまざき川との間の街道(東海道)距離がおよそ八町あったので、この間のことを八丁畷といった。江戸時代には松並木巨木が生茂り、昼でも暗く寂しい所であったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む