八坂野村(読み)やさかのむら

日本歴史地名大系 「八坂野村」の解説

八坂野村
やさかのむら

[現在地名]柳津町細八ほそはち

北を只見ただみ川が東流し、南東の八坂野川上流に大野おおの新田村があり、東は朝立あさだち(現会津坂下町)、西は細越ほそごえ村。村の北部を柳津村への街道が通り、本村の北東六町余に御殿場ごてんばと称する眺望のよい所があった(新編会津風土記)。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に矢坂野とあり、高一二五石余。寛文五年(一六六五)の「稲河領牛沢組郷村万改帳」では本田高一五七石余・新田高一石余、免二ツ二厘余、家数九、竈一三、男三八・女一九、馬三で、小物成に綿役・糠藁・足前・山役・松葉サライがあり、ほかに役漆木三三九本・役蝋七貫一一九匁がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む