八町畷(読み)はつちようなわて

日本歴史地名大系 「八町畷」の解説

八町畷
はつちようなわて

[現在地名]刈谷市東陽町・南桜町

藩政期の城下町刈谷には、しん町のはずれに番所があり、道路は枡形に曲げられ、出口の門を「オッパ門」、俗に枡形といい、この枡形より先を八町畷と称した。池鯉鮒ちりゆう宿まで並木が続き、その南の花捨はなすて山麓下山しもやまに、文政三年(一八二〇)一二月刑場ができた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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