八綱浦(読み)やつなうら

日本歴史地名大系 「八綱浦」の解説

八綱浦
やつなうら

[現在地名]伊予三島紙屋かみや町・村松むらまつ

三島村の東部から村松村にかけてのひうち灘に面する海岸線。この八綱浦から川之江村(現川之江市)しろ山西麓までは約一里の白砂青松の美しい海岸が続き、松林を縫って浜手道が通じていた。ここには河上但馬守安勝謀殺の跡に建てられたどもりの神様(字沖田井)村松大師堂・二六にろく焼窯元(村松村)などがある。

「三島神社社伝録」には八津名浦などと表記されるが、呼称由緒はつまびらかでない。寛政九年(一七九七)の三嶋村明細帳に「沖田井おきだい浜手 御林一ケ所 但シ東西百七拾六間幅平シ七間」とあり、同年の伊予国宇摩郡村松村明細帳には「御林一ケ所 是は浜手道筋ニ御座候」とあり、また同年の伊予国宇摩郡妻鳥村明細帳にも「御林二ケ所 但浜手」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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