八釣庄(読み)やとりのしよう

日本歴史地名大系 「八釣庄」の解説

八釣庄
やとりのしよう

大字八釣(やつり)にあったと思われる荘園。皇室領であり、領家は長講(ちようこう)堂である。建久二年(一一九一)の長講堂所領注文(島田文書)に「八釣庄 御寺役 元三御簾二間、畳四帖小文一枚紫三枚 兵士二人二月料」とある。長講堂は寿永三年(一一八四)後白河法皇の建立にかかる持仏堂であるが、法皇の死によって長講堂領は建久三年その皇女宣陽門院に譲渡され、八釣庄の本家職も彼女に移った(明月記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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