六川陣屋(読み)ろくがわじんや

日本歴史地名大系 「六川陣屋」の解説

六川陣屋
ろくがわじんや

[現在地名]小布施町六川

寛政四年(一七九二)八月、越後椎谷しいや藩堀直著は、越後三島さんとう郡・蒲原郡刈羽かりは郡等にあった五千石の地を上知させられ、信濃国水内みのち・高井両郡で替地五千石を与えられた。高井郡では六川・中子塚ちゆうしづか中条なかじよう・清水・羽場はば(現小布施町)と中山田・奥山田(現高山村)草間大熊(現中野市)と水内郡の問御所といごしよ・中御所(現長野市)の一一ヵ村である。領地の大半は現小布施町と近辺にあり、陣屋を六川に設けた。寛政八年の年貢皆済目録に「御陣屋敷高四石八斗六升四合」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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