六湛寺跡(読み)ろくたんじあと

日本歴史地名大系 「六湛寺跡」の解説

六湛寺跡
ろくたんじあと

[現在地名]西宮市六湛寺町

海清かいせい寺の西にあった禅宗寺院。京都東福寺の末寺で宝陀山と号し、六湛禅寺ともいった。暦応年間(一三三八―四二)創建とされるが(東福寺末寺志)、暦応二年に近衛家領弘井ひろい庄が東福寺海蔵かいぞう院に寄進されたことと関係するものとみられる。虎関師錬を開山とするが、実際の創建者は虎関の弟子で二世住持の東州法昌と考えられている(西宮市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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