日本歴史地名大系 「兵庫塚新田」の解説 兵庫塚新田ひようごづかしんでん 栃木県:宇都宮市兵庫塚新田[現在地名]宇都宮市兵庫塚町・兵庫塚一―三丁目・みどり野町(のまち)・西川田東町(にしかわだひがしまち)・さつき一丁目・同三丁目東は雀宮(すずめのみや)村、南は針(はり)ヶ谷(や)村と接する平坦地で、南北に細長い。中世は横田(よこた)郷のうちで、建武三年(一三三六)九月日の茂木知貞軍忠状(茂木文書)に「宇都宮横田原」とみえ、同年九月二一日の合戦で茂木知貞の家臣頼賢が討死している。また同年一一月三日の「横田毛原」の合戦では、野本鶴寿丸が敵の首一つを分捕っている(「野本朝行子息鶴寿丸軍忠状」熊谷文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by