日本歴史地名大系 「兼丸村」の解説 兼丸村かねまるむら 熊本県:葦北郡芦北町兼丸村[現在地名]芦北町八幡(やはた)佐敷(さしき)川右岸沿いに上流へ、宇戸(うと)村から宮浦(みやのうら)村の一部を経て当村に達し、その上流は井手向(いでむかい)村、対岸は見附(みつけ)村。寛永一六年(一六三九)の葦北郡地侍御知行割帳(徳富文書)に村名がある。佐敷手永に属し、文化一〇年(一八一三)の佐敷手永村々高附帳(熊大図書館蔵)に高七五石八斗余、物成二五石五斗余とある。村域中央部に城山(じようやま)とよばれる水田面からの比高約六〇メートルの山稜末端部があり、中世の城館跡と思われ、兼丸城ともよばれる。文献上の記録はないが、山稜が幅一〇メートル、長さ三〇メートルに削られ、その両端は底幅三、四メートル、深さ七、八〇センチの堀で区切られ、一方の堀に幅一メートルの土橋がある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by