内原郷(読み)うちはらごう

日本歴史地名大系 「内原郷」の解説

内原郷
うちはらごう

和名抄」高山寺本は「内原」、東急本は「内厚」と記し、いずれも訓を欠く。郷名としては他にみえないが、「続日本紀」天平宝字八年(七六四)七月一二日条に「木国氷高評人内原直牟羅」とみえる。「続風土記」は「今の三尾志賀高家富安四荘の地なり」と、現日高町および現御坊市の北部・美浜みはま町の西部にあたる地を比定。その徴証として「今高家荘に原谷村あり、又内の畑といふ名あり、又御幸記に内の畑の王子あり、今内原といふ地名はなけれとも、内といひ原といふ名の多きをみれは、此辺古の内原なること知らる、又原谷の内の旧姓に内原と称する者ありて其後裔今猶存せり、慶長五年村中里神社の棟札に政所内原喜左衛門尉の名あり」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む