内場山城跡(読み)ないばやまじようあと

日本歴史地名大系 「内場山城跡」の解説

内場山城跡
ないばやまじようあと

[現在地名]篠山市東木之部

一五世紀末―一六世紀代に存続した山城篠山盆地の北西隅、宮田みやだ川を見下ろす標高二四四メートルの独立丘陵上に築かれている。北方一キロに板井いたい城跡、東方三キロに盃山さかずきやま城跡、南西一・六キロに大山おおやま城跡がある。「丹波志」には城主の館跡とみられる区画が丘陵南側に残っていると記される。昭和六〇年度に城跡全体の五分の二程度が発掘された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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