内田江子田村(読み)うちだえごだむら

日本歴史地名大系 「内田江子田村」の解説

内田江子田村
うちだえごだむら

[現在地名]市原市江子田えごだ

内田石川うちだいしかわ村の西方に位置し、養老ようろう川が流れる。元禄郷帳では高一三六石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では高九六石余、家数二二。旧高旧領取調帳では高一一三石余。安永九年(一七八〇)養老川通船改帳(石井家文書)では一艘。安政五年(一八五八)百姓二名は村方世話役が鎮守大宮おおみや権現の修復費用を調達に窮して権現の木を伐採したのが不当であり、文久元年(一八六一)この世話役が組頭に就任するのは承服できないとしたが、心得違いとして急度叱りに処せられ、直後に欠落している(長峰家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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