内竈門村(読み)うちかまどむら

日本歴史地名大系 「内竈門村」の解説

内竈門村
うちかまどむら

[現在地名]別府市内竈(うちかまど) 関の江新町(せきのえしんまち)・浜田(はまだ)・国立第一(くにたちだいいち)・国立第二(くにたちだいに)・内竈

亀川(かめがわ)村・古市(ふるいち)村の西に位置する。中世の竈門庄の遺称地で、村の中心には庄の氏神であった八幡竈門神社があり、これを中心に発達した。「豊後国風土記」にみえる竈門山について「豊後国志」は当村にあると記している。慶長五年(一六〇〇)二月の速見郡・由布院知行方目録写(北九州市立歴史博物館蔵)に竈門庄に属する「内かまと」がみえ、「亀川」と一括して高付されている。慶長豊後国絵図には「竈門村」(高二六五四石余)とみえる。正保郷帳には竈門庄に属する竈門村がみえ、田方三九〇石余・畑方一九八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む