内藤忠政(読み)ないとう ただまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤忠政」の解説

内藤忠政 ないとう-ただまさ

1617-1673 江戸時代前期の大名
元和(げんな)3年生まれ。内藤忠重(ただしげ)の子。承応(じょうおう)2年志摩(三重県)鳥羽藩主内藤家2代となる。答志郡船津村落口新田開発や大規模な検地をおこなった。寛文13年7月12日死去。57歳。初名は忠種。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む