内藤政樹(読み)ないとう まさき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤政樹」の解説

内藤政樹 ないとう-まさき

1703-1766 江戸時代中期の大名
元禄(げんろく)16年10月29日生まれ。内藤露沾(ろせん)の長男従兄(いとこ)内藤義稠(よししげ)の養子となり,享保(きょうほう)3年陸奥(むつ)平藩(福島県)藩主内藤家6代。元文3年全藩一揆(いっき)がおき,延享4年日向(ひゅうが)(宮崎県)にうつされ延岡(のべおか)藩主内藤家初代。7万石。和算研究や俳諧(はいかい)で知られる。明和3年9月24日死去。64歳。号は仰松軒,沾城。

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367日誕生日大事典 「内藤政樹」の解説

内藤政樹 (ないとうまさき)

生年月日:1703年10月29日
江戸時代中期の大名
1766年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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