冷泉為之(読み)れいぜい ためゆき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「冷泉為之」の解説

冷泉為之 れいぜい-ためゆき

1393-1439 室町時代公家,歌人
明徳4年生まれ。冷泉為尹(ためまさ)の長男。上冷泉家をひらき,弟冷泉持為(もちため)の下冷泉家と分立した。「新続古今和歌集」に歌が2首ある。将軍足利義教(よしのり)の勘気うけ,不遇だった。永享11年閏(うるう)1月15日死去。47歳。正二位,大納言を追贈された。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の冷泉為之の言及

【冷泉家】より

…中世以来の歌道家。御子左(みこひだり)家の一流。藤原為家の子の冷泉為相(ためすけ)が,定家・為家の住んだ跡に住み,以後冷泉の号を継承した。為相の曾孫の為之・持為のときに上冷泉・下冷泉に分かれ,上冷泉家が嫡流である。為相は,はじめ京極派にいたが,関東に居たことなどから武士を中心に関東に影響力をもった。歌風は,おのおの自得の風を詠み,学びやすきを学ぶ自由さがある一面,和歌の一派としてはとくに大きな流派性はなく,為兼のような二条派に対する歌風上の強硬な主張をしていない。…

※「冷泉為之」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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