分徳村(読み)ぶんとくむら

日本歴史地名大系 「分徳村」の解説

分徳村
ぶんとくむら

[現在地名]越知町越知

横倉よこぐら山東麓にあり、南の越知村との境を流れる坂折さかおり(大桐川)と、村東端を南流する仁淀によど川の合流地付近を中心とする。天正一七年(一五八九)の分徳越知村地検帳は表紙に「分徳」、本文には「文徳村」と記す。現、越知の通称に文徳ぶんとくの地名がある。

近世には土佐藩家老深尾氏知行の佐川領里分九ヵ村のうちの越知村の枝村であったが、郷帳類では独立して高付され、元禄地払帳によると総地高四一一石余、うち本田高三四〇石余・新田高七〇石余で、それぞれすべて深尾若狭の知行・役知。寛保郷帳によると戸数五五、人口三四〇、馬四七、牛二、猟銃四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む