初神村(読み)はつがみむら

日本歴史地名大系 「初神村」の解説

初神村
はつがみむら

[現在地名]相良村四浦ようら 初神

川辺かわべ川中流右岸の緩やかな斜面上のわずかな平地と、初神谷筋の小河川が川辺川へ注ぐ地域に集落があり、東の川辺川対岸は田代たしろ村、北は五木谷いつきだに(現五木村)、南は平川ひらこう村、西は山田やまだ(現山江村)に接する。村の大部分山林である。建久二年(一一九一)五月三日の良峯師高所領譲状案(平河文書)に「一所 同郡同庄之内はしかミ之村鹿かハ三まい、いた五百九十、うるし二百五十、茶五十斤」とみえ、永吉ながよし庄に属していた。納入される品々は焼畑と山川産物に依拠しており、典型的な山村であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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