日本歴史地名大系 「相良村」の解説 相良村さがらむら 熊本県:球磨郡相良村面積:九四・九三平方キロ球磨郡中央部に位置し、北は五木(いつき)村、東は多良木(たらぎ)町・須恵(すえ)村・深田(ふかだ)村、南は錦(にしき)町、西は人吉(ひとよし)市・山江(やまえ)村に接する。九州山地のほぼ中央、五家荘(ごかのしよう)(八代郡泉村)から流れ出る小河川が五木村の頭地(とうじ)で合流し、川辺(かわべ)川となる。それよりほぼ二五キロ南流し、人吉市中央部より約三キロ上流で球磨川に合流する。おもな集落は川辺川とその支流の流域にあり、球磨川との合流点に近い地域は人吉盆地に属し、水田が開ける。 相良村あいらむら 熊本県:鹿本郡菊鹿町相良村[現在地名]菊鹿町相良東部から南部を内田(うちだ)川が流れ、中・北部は急傾斜な地形、東は矢谷(やたに)村、西は山内(やまうち)村、南は上内田(かみうちだ)村、北は分水嶺を境に多久(たく)村(現鹿北町)と接する。近世は山鹿(やまが)郡中村手永に属した。寛文九年(一六六九)の「一統志」の国郡寺社総録に「相良 薬師 阿弥陀山王 阿蘇社」とあるが、元禄国絵図に「上内田村之内相良村」とあるように、もとは上内田村の枝村であった。宝暦一一年(一七六一)の地引合帳によると、御給知は田一八町九反余・高三二六石余、畑二一町一反余・高二一二石五斗余、うち下々・下々下の田畑が田一〇町五反余・畑九町四反ある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「相良村」の意味・わかりやすい解説 相良〔村〕さがら 熊本県南部,九州山地から人吉盆地にかけて広がる村。 1956年川村と四浦 (ようら) 村が合体して成立。球磨川の支流川辺川が貫流。タバコ,茶,シイタケの栽培と畜産が行われる。一部は五木五家荘県立自然公園に属する。川沿いを国道 445号線が通る。面積 94.54km2。人口 4070(2020)。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報 Sponserd by