別苅村(読み)べつかりむら

日本歴史地名大系 「別苅村」の解説

別苅村
べつかりむら

[現在地名]増毛郡増毛町別苅

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治三三年(一九〇〇)まで存続した村。南西岩尾いわお村、北東は増毛村。明治六年の「天塩国地誌提要」に別苅村とみえ、平民六五戸・アイヌ九戸、平民男一五四人・女一二一人、アイヌ男一二人・女一五人の定住があり、寄留は平民男三三四人・女一九人であった。同一二年の「共武政表」に戸数八三・人口三五三、馬四、船舶三六一、物産は鰊・鮭・鮑・煎海鼠馬鈴薯とある。同二四年には二六八戸、男七五九人・女五九四人、馬九、五〇石以上船一・艀漁小廻船六〇六となっている(徴発物件一覧表)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む