則子女王(読み)のりこじょおう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「則子女王」の解説

則子女王 のりこじょおう

1850-1874 幕末-明治時代,邦家親王の第8王女。
嘉永(かえい)3年4月5日生まれ。母は鷹司政煕(たかつかさ-まさひろ)の娘。倫宮(みちのみや)とよばれた。文久2年紀伊(きい)和歌山藩主徳川茂承(もちつぐ)と結婚,1男2女を生む。明治7年11月16日死去。25歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「則子女王」の解説

則子女王 (のりこじょおう)

生年月日:1850年4月4日
江戸時代;明治時代の女性。和歌山藩主徳川茂承の妻
1874年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む