日本大百科全書(ニッポニカ) 「剣徴」の意味・わかりやすい解説
剣徴
けんちょう
近世の剣術書。1804年(文化1)9月、平山行蔵(ひらやまぎょうぞう)(1759―1828)46歳の著。行蔵は伊賀衆の家に生まれ、名は潜、字は子龍。兵原(へいげん)、運籌真人(うんちゅうしんじん)、練武堂(れんぶどう)などと号し、硬骨の兵法武術家で知られた。彼の生活はまさに常在戦場、自ら朝夕に厳しい鍛練を課していた。本書は前著の『剣説』を受けて、自説を立証するため、『荀子(じゅんし)』『荘子(そうし)』『列子(れっし)』『淮南子(えなんじ)』『楚辞(そじ)』『六韜(りくとう)』『司馬法(しばほう)』『尉繚子(うつりょうし)』『呉子』など中国の古書から剣術に関する語句を抜抄し、実地・実用のくふうが肝要であることを説いたもの。『剣説』では、剣術の目的は戦陣において敵を殺伐するにあり、技芸巧拙の境界を脱却し、独立独行の地位にたち、勇猛心を発起し、五体を奮って、敵の鋒刃(ほうじん)をも貫徹するの気概をもつべきを主張している。なお、本書は1870年(明治3)門人高井国幹らの校訂によって活版に付された。
[渡邉一郎]
『『新編武術叢書』(1968・人物往来社)』▽『石岡久夫著『兵法者の生活』(1981・雄山閣出版)』